Small Message - 2004. 02. 26 Vol.02「共存」
vol.2「共存」
泥臭いのが好きだ
最近、改めてそんなことをよく思う
私は少年時代から高校生にかけて典型的な野球少年だった
毎日、日が暮れるまで手のヒラの皮が擦り切れてもバットを振り、日が暮れてもボールを壁に向かって投げ続けていた
勉強もせず、周りから何を思われようと黙々とだ
その頃には泥臭い野球仲間がいて、性格やら人間性やらそんな次元をすっ飛ばして
見えるはずもない夢を語り合っていたように思う
浪人生時代にあるキッカケがあって映画製作をやってみたいと思うようになり
結局その小さな衝動は、志望していた学科を全て落ちたという現実によって大きく膨らみ現在に到ることとなった
当初、私が一番感じたことは、みんなさほど泥臭くないということだった
とは言っても、後々わかったことだが、私達はそれでも十分泥臭かった
そのプロセスはこのwebのhistoryを見てもらえれば少しは理解してもらえると思う
そして今、痛感に感じていることは、周りがもう完全に泥臭く無くなってしまった ということである
なくなってしまった という表現はかなり大袈裟に聞こえてしまうかもしれないが
何故だか今は本当にそう感じ、危ないとも思っている
当然、泥臭い=真剣だとか、=ひたむきだとか言っているつもりはないし、
自分は泥臭いのかと問われても正面きって「はい、そうです」とも言えない
でも、確実に日々の物足りなさは付きまとっていて、ヌルイ日常に嫌気が刺すのも事実だ
だからしばらくの自分に対してのスローガンは「泥臭さ」にする
格好悪くても、綺麗事だとわかっていてもそうするべき自分を感じる
必死、必死、必死
なんだか心地よい。
追伸:今回は現時点のリアルです しかし、意味はありません
本当に気まぐれ日記になっていますが、それでも書きます
次回こそは、もっとヌルイことを書ければと思います
200402262324 粟島憲郎(Kenrou,Awashima)
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