History

学生時代
'95. 4
大阪経済大学の映画研究部で、粟島・新宮が初めての顔合わせをする。
'95. 5
粟島と新宮が夜の道を歩いて思いついた『雨男』という映画を撮ろうとする。
が、いつの間にか破棄処分とする。(意味なく夜中会議)
'95. 6
横山が映画研究部に入部。(部員も増加し、第一次全盛期を向かえる)
'95. 8
合宿に行く途中、粟島が電車で書いた『人間方程式』を撮影する。監督・出演は粟島、
主演は横山、撮影は新宮が手掛ける。
最初の撮影は案の定「ピンぼけ」で終わり、厳しい幕開けとなる。
粟島と新宮が東京にPFFアワードを観に行きそれなりに映画製作を考える。
そして、粟島は某アマチュア映画祭(枚方)のスタッフとして関わる。
(翌年から、2年間代表を務める)
'95. 10
『境界線』という映画を大阪の服部緑地公園で泊り込んで夜中撮影するが、
未熟のため、真っ黒のフィルムとなる。
この後、気を取り直し、『人間方程式』をコンセプトとした『色彩歩行』を
1回生全員参加で制作を開始。苦労した結果、大経大周辺でクランクアップする。
'95. 11
学祭で、『人間方程式 完全版』を2,3人の客に対してプレミア上映をする。
この時、TAPの前進である「関西ヌーヴェル・ヴァーグ」を立ち上げる。
その勢いで『芝生っていいよね』、『黒いセーター』を相次いで撮影。
注:『芝生~』は夏の設定だが、実際は冬の撮影で暴れまわり皆風邪をひく。
'95. 12
私達にとって初めての上映会「Winter Theater」で結果を待つ。
『色彩歩行』『芝生っていいよね』『黒いセーター』を上映。
しかし、映画の内容(難解で暗い)から「未熟だ!やめろ!」と言われる。
'96. 2
『ただ、それだけの話』、『日常におけるバラバラの選択『「IN 軽井沢」
「物憂げな午後の夢」「・・・・、ってね。」』の撮影開始。
この頃から、粟島、新宮という2人監督体制が確立される。
『日常~』は「みんな監督」がスローガン。協調性に拍車がかかる。
'96. 5
「ごくつぶしの夕べ」(定期上映会)開催。
『ただ、それだけの話』『日常におけるバラバラの選択』を上映。
お客さんの反応もまずまずのうちに終わる。
この頃から少し遊ぶことを覚え、クールダウンの兆しが見える
'96. 11
『Help yourselfish』、『夜になればみえる』
『芝生っていいよね2』の撮影始まる。この頃から本格的な映画制作を熟考。
学祭で『芝生~2』をまたもやプレミア上映する
'96. 12
「Winter Theater」ではなかなかの好評を大学の人達に頂く。
『Help yourselfish』『夜になればみえる』を上映。
遂に僕達は急発進をする。
'97. 3
企画性や脚本構成などを意識した映画製作を始める『13heights』、『フユウガサ』。
'97. 5
『夜みえ』がひろしま映像展で入選し、関西でも頭角を現す。
「ごくつぶしの夕べ」(『13heights』『フユウガサ』を上映)では満足できなかったが、
観客の反応は良かった。
粟島は、シネマランド(大芸大を含む関西某有名6大学)の代表になり、
後の『Cafe de cinema』(扇町ミュージアムスクエア内カフェ上映会)を成功させる。
(他にも、各方面で様々なジャンルの代表を務める。)
'97. 6
『Cafe de cinema』が新聞(産経)や雑誌などでも掲載され好評を得る。
新作『直線ダンス』に加え、企画性においても大好評を得る。
'97. 8
なんだかんだ言って渋谷で僕達の映画を上映する。(『フユウガサ』)
この上映会は、前衛の若手写真家たちとのコラボレーション。
粟島1人東京に向かい、上野から早稲田まで歩いて向かおうとするが、
暑いので挫折。代々木公園で次回作の原案を思いつく。
'97. 10
『Flash Back』(後に、日本各地で上映)、『fiction』撮影開始。
『Flash Back』のアフレコで、初めてスタジオ録音をするが粟島の演出が
厳しく、役者が次々と倒れ、皆苦しむ。
'97. 11
学祭で大森一樹監督を招待し、「風の歌を聴け」を上映。粟島が映画論をぶつける。
'97. 12
京都国際映画祭学生部門で『Flash Back』が入選。
『F.B』の上映の時、何人かが真剣に観ていて、密かにほくそえむ。
そして、粟島は北野武のワークショップに参加。
'98. 4
ピンクパラダイスショー開催。(年末にする予定だった「Winter Theater」の
特別企画)。これが3人にとって最後の上映会となる。
『Flash Back』『fiction』『芝生っていいよね2』を上映。
そして、休む間もなく、革命的超大作『まわりあめ』を4月4日にクランクイン。
『Something Blue』の撮影開始。
'98. 12
多くの出来事があるが、ほとんど撮影に没頭 撮影に関しては、
簡単に言えば、電車止めかけ、地下街で軟禁され、無人島で遭難しかけるなど
様々な修羅場を体感し、同時に志の高さからなる苦悩をしいられた。
その合間に、10月に開かれた全関西学生映画祭で『Flash Back』が入選上映。
制作者投票でダントツで1位となるが、観客投票で最下位。賞は取れず。
相変わらず、一般ウケしないのか、組織票のせいなのかとにかく落ち込む。
審査員であった原一男の評価に粟島、呆れる。
そして『Something Blue』『まわりあめ』の撮影が下旬にクランクアップ。
'99. 2
大学卒業 波乱万丈の学生生活に終止符が打たれる。
粟島は、学長から表彰される(芸術会系では大学初)
'99. 3
卒業後、大阪で活動する劇団 SPACEとりっくすたあ「とつきとおかのピクニック」
においてコラボレーションを実現。4スクリーンを駆使し、劇中での映像表現をした。
特に複数の8ミリ映写機で手動での同期上映は画期的だった。
社会人時代
'99. 5
粟島、報道局のアルバイトを経て、某有名情報雑誌で映画記事編集を始める。
新宮、映写技師兼配達業に勤しむ、横山、労働不能者宣言
Try Angle Pictures(トライアングルピクチャーズ)旗揚げ 5/22(土)
この時点では横山は未参加
この頃は『まわりあめ』、『Something Blue』の編集作業が難航し、
活動としては表向きに地味なものだった。
'99. 7
『Flash Back』がSUNFILM主催の映画祭(大阪心斎橋 サンホール)にて招待作品として上映される
それを最後に学生時代に制作された映画の上映をクローズし、
新たな映画制作をしばらく休止することにする。
'99. 8
粟島、新宮、逢坂泰精(y@sukiyo)のライヴ撮影を手掛ける。
TAP会議を週1回やりながら、粟島は『まわりあめ』のフィルム編集
(15時間を5時間に凝縮、毎日発狂)。
'99. 11
粟島は激烈に苦労したあげく(仕事の編集と映画編集のW編集)、フィルム編集終了。
テレシネ(フィルムをビデオの映像にする)後、ノンリニア編集に移る。
が、しかしこの時とんでもないトラブル(Fフィルムとの訴訟問題寸前事件)に見舞われる。
テレシネの失敗で大量のオリジナル8ミリフィルムに傷が付いてしまった
これによって、粟島は、深く鬱の井戸に潜ってしまうことになった
この時、粟島は『アベック・モン・マリ』で知られる映画プロデューサー武藤起一と出会う。
粟島家に届いた武藤氏からの激励の年賀状『映画期待してます』
と書いて頂き、さらに志が高まる。
'99. 12
粟島、映像製作会社で映画と音楽番組のディレクターなどを務める。
この頃は仕事が忙しく、映画製作休止状態。
新宮、映画製作を見つめなおし、様々な表現方法を模索する。
横山、引きこもる。
粟島と山下が映像製作会社で出会う。
'01. 6
粟島、ディレクター退職後、関西発信のフリーペーパー『tiny pap』で
クリエイティヴアドバイザーとして活動を開始する。(後に空気公団と対談を実現)
この頃、学生時代から活動を共にした川崎氏がTAPから離れ、
粟島・新宮の2人が実質架空のTAPメンバーとして在籍する。
しかし、粟島は深く暗い井戸に引きこもり、休養せざるをえなくなる。
新宮、『Something Blue』完成に向け、再び製作開始。
'02. 2
横山、TAPに加入する。2月21日
山下、映像製作会社を退職する。
粟島が半年の期間を経て再び活動を開始。山下と共に『tiny pap』制作の
CPV(コンピレーション映画音楽ビデオ)の企画を立案する。(取り上げたバンドは
東京のインディーズシーンで活躍するカーブ)
'02. 3
粟島、関西テレビから映像クリエイターとしてドキュメンタリーを撮られる。
粟島はドキュメンタリーをキッカケに多くの志高きクリエイターに出逢う。
横山、粟島と共にCPVの参加を決意する。
新宿にてCPVで取り上げたカーブ主催ライブ「黄昏ロック 春編」撮影
'02. 4
劇団Parallel eyes「Christmas rose」
(HEPホール、KAVC)の記録映像製作の依頼を受け撮影する。
CPVの撮影がクランクインを迎え、日々撮影に明け暮れながら粟島は鞭を打つように
クリエイターが集うIMI(インターメディウム研究所)に席を置く。
'02. 5
TAPのホームページがリニューアルされる。5月5日
新宮、『Something Blue』完成の追い込み作業。
劇団THE9BARAN「地が固まっても雨が降る」(森之宮プラネットホール)撮影、編集をする。
第二号発刊間近にして『tiny pap』がある事件によって氷河期に入る。
大きな挫折の第一章の幕開け。
粟島、山下、横山、CPVの撮影をクランクアップさせる。
CPVに関しては多くの印象的なプロセスを経験し、共存の儚さを思い知ることになった。
'02. 6
CPVの編集・DVD製作(新宿にてCPVで取り上げたバンド、カーブのライブ撮影も含む)。
神戸で制作を続けるアーティストのアートガラス細工作品をビデオ撮影する。
'02. 7
粟島、関西で活動する複合的な音楽ユニットのライブ撮影とイベント映像を制作する。
粟島、関西の若手作家が製作した短編映画の監修・撮影を務める
粟島、アートドキュメンタリー「F」脚本・撮影・監督
劇団WI'REの「MESS」(S.M.M、住之江公園工場跡)撮影
'02. 8
業務用映像編集システム「Avid Xpress DV v.3.5」を購入。
ちなみにカメラは「DSR-PD150」
新宿にてCPVで取り上げたカーブ主催ライブ「黄昏ロック 夏編」撮影。
'02. 9
粟島、映像編集システムを作っている会社で、
企画・立案の仕事をフリーランスとしてを始める
劇団クロムモリブデン「~ maruo ~ マルオ」(一心寺シアター)の撮影を依頼される。
'02. 10
Sleepin' JohnnyFish「キミドリイロ」(ポリスター)PV製作
(粟島:監督・脚本、山下:助監督、横山:撮影監督)
京都6ヶ所でロケを行い、アーティストと役者二人を起用し映画のようなPVを制作。
非常にタイトなスケジュールだったが後にTAPの一員となる山下の良質な香盤進行で
なんとか撮影を進められた。特に遊園地を貸しきり状態で撮影できたのは印象的だった。
外部のスタッフも含め、チームワークが良くみんなには大きな収穫と経験になったと思う。
『circle symphony』(静止画短編映画、粟島:脚本・監督・編集、主演:横山)
約4年ぶりの映画製作、現場は役者も含め3人だったが非常にアグレッシブな作品が完成。
同時に、伝えようとしているメッセージが微塵も変わっていないことが判明。
再び、劇団THE9BARAN「カラン・コロン・クローン」(森之宮プラネットホール)
の記録映像製作の依頼を受け撮影。
粟島、企画立案の仕事で東京日本橋にてワークショップを開催する
新宮、待望の最新作『Something Blue』を完成させる。
'02. 11
山下、正式にTAPの一員となる。11月6日
Sleepin' JohnnyFish「キミドリイロ」TV宣伝用CM制作
新宿にてCPVで取り上げたカーブ主催ライブ「黄昏ロック 秋編」撮影
'02. 12
某TV局年末特別映画番組(全国12局ネット)のオープニング映像制作
Sleepin' JohnnyFishのLive(西九条ブランニュー)撮影
Try Angle Pictures企画「2002 TAP 大忘映会」(大阪:三澤印)
参加者はデザイナー、演劇役者、CGアーティストなど大勢の多彩な才能が集まる
'03. 1
ロックバンド Sleepin' JohnnyFish LiveDVD製作(撮影、編集 一部TV on air)
この頃から横山がPCを購入し、ノンリニア編集に没頭することになる。
'03. 2
アートドキュメンタリー「机上の際」を粟島が横山に手伝ってもらいながら制作
万博内図書館にて上映されるが、クローズな上映会に不満を覚える。
この作品は某自主出版編集長の生き様を軸に、詩人や評論家にインタビューした。
'03. 3
SUMISOプロジェクト「森/景」にて映像作品「arubeki-hito」を出品。
TAPとしては初めて現代美術のアプローチに挑戦。
劇団THE9BARAN公演「拝啓、ゴミンナサイ」撮影、編集
前衛音楽家LIVE「UNDERPASS」撮影(2日間、計10時間)
IMIがらみで撮影することになったが、参加アーティストは巻上公一など
現代音楽界で評価を受けている人達。音楽好きの横山にとってはヒットだった。
'03. 4
劇団クロムモリブデン公演「直接KISS」撮影、編集
東京でも公演をするなど非常に評価の高い劇団の仕事。
4カメで撮影し、新宮が初のノンリニア編集に挑戦した。
'03. 5
CPV Vol.1 カーブ「それから」(映画と音楽の融合作品、未発表)
去年から作業をしていたが、色々とあり未発表作品になる。
制作費や作業日数を考えても非常に残念な結果となったが、
TAPにとって様々な現実を知ることになり、良かったとも言える。
いつかはvol.2と言う形で企画を再開できたらと思っている。
ロックバンド Sleepin' JohnnyFish Live 撮影
'03. 6
ライブイベント「音楽相談所VOL.1」撮影、編集
参加アーティストは、西村明正/リトルハヤタ/ベベチオ
横山が全編を編集をした。
作品として非常にクオリティーが高いにもかかわらず、
関係者のみの発表になったのが心残り。
'03. 7
ロックバンド Sleepin' JohnnyFish「RADIOジャック」CM製作(全国ネット放送)
時間があまりにタイトであったため、粟島一人で制作。
2日徹夜して2バージョン完成させた。
劇団Wom.Box公演『MARVEL ~蒼天の剣~』撮影、編集
劇中のOPなど久しぶりに演劇と映像のコラボレーションができた。
しかし、CGなども手掛けたので一筋縄ではいかなかった。
'03. 8
劇団THE9BARAN公演「前略、ゴミンナサイ」撮影、編集
TAPとしては恒例の撮影編集。山下が東京で作業を敢行。
'03. 9
ロックバンド Sleepin' JohnnyFish「RADIOジャック」PV & CM製作(全国ネット放送)
これも非常にタイトなスケジュールだった。大阪南港のATCで夜中撮影。
一本の大きな道路を貸し切り、モチベーションの高い撮影ができた。(バンワーク発明)
後日、作品自体に映画性を出すため、TAPではお馴染みの花田彩絵を起用し、
インサート映像も南港周辺で夜中敢行。何度も何度も走り回る。
CMも含め、編集が難航したがこの予算とスケジュールの中ではまずまずの仕上がり。
'03. 10
神戸市プロモーションDVD製作着手
(ハイビジョン撮影、粟島が助監督兼演出補佐で参加、完成は2004年春、世界各国に配布)
ロックバンド Sleepin' JohnnyFish LiveDVD製作(撮影、編集)
'03. 11
ライブイベント「音楽相談所VOL.2」撮影、編集
参加アーティストは、カーブ/ははの気まぐれ/気まぐれ☆ハニー
劇団よろずやポーキーズ公演「ラブコメよう♪」撮影、編集
'03. 12
劇団THE9BARAN公演「爆笑!自由の女神をつくりましょう。」撮影、編集
年末の最後のTAP会議でメンバー内で大きな喧嘩をした。
なかなか着手できな新作映画の企画やweb制作など、
個々メンバー間でフラストレーションが溜まっていた。
結局大切なのはコミュニケーションと気迫だとメンバー内で再確認する。
残念なのが、制作時間に余裕が無く、去年のような大忘映会ができなかったこと。
'04. 1
年末よりwebリニューアルするべく新宮はGoLiveを、横山はillustratorを勉強する。
しかし、思うようにはなかなかいかずTAPは映像以外が弱いと自覚。
粟島は1月2日から初仕事 去年から続いているハイビジョン撮影を続けていた。
'04. 2
黙々とTAPはwebページの制作を続ける。できることを地道に
粟島はこの頃、ハイビジョン編集やその他もろもろで毎日徹夜状態だった。
'04. 3
約2ヶ月の格闘の後、ついに自分たちでHPをリニューアル実行(3月2日)
皆様からは特に「きれいなHPになりましたね」との祝辞をいただく。
そしてメンバーをより身近に感じてもらうべく毎月更新の
TAP NOW(メンバーの日常の追跡)を開始。
が、粟島はハイビジョン制作やその他色々と多忙を極める中、
新宮と横山に燃え尽き症候群が発生。
TAPとしては実質的な充電期間となる。
'04. 4
HPに動画コンテンツを追加。第一弾は「circle symphony」
HPが再び盛り上がる(4月24日)
'04. 5
粟島が数年ぶりとなるTAP新作映画「空に弾く」脚本着手。
しかし、書く前のプロット自体が長過ぎてなかなか前に進めなかった。
TAP自身、映画で表現したいことが多過ぎた。
ライブイベント「音楽相談所 VOL.3」撮影、編集
参加アーティストは、RUNTSTAR/one note/sprito/
この頃、粟島はTAPの撮影技術、横山の編集技術がプロ以上の実力だと悟る。
'04. 6
ライブイベント「音楽相談所 VOL.4」撮影、編集
参加アーティストは、ワールプール/岩見十夢/うきぐも
このライブ撮影で粟島は初めてに近い撮影ミスをしてしまう。
非常に凹むが、自ら編集でカバーした。
'04. 7
劇団Wom. BOXの演劇劇中映像の制作のため撮影を開始。
某社、水のプロモーションビデオの撮影をする。
簡易ブルーバック撮影をするため自作のキットを制作。
'04. 8
劇団Wom. BOX STAGE ver.2「タイタン・ギア」の撮影、編集、劇中映像、DVD製作
ライブイベント「音楽相談所 VOL.5 meet ONEWEEK」撮影、編集
参加アーティストは、残像カフェ/スロウキャンプ/リトルハヤタ/one note
この参加アーティストのバンド2つにプロモーションビデオ的な制作を頼まれる。
ロックバンド Sleepin' JohnnyFish Live 撮影、編集
上記の3つのイベントは5日以内の出来事でTAPは非常にタイトなスケジュールになる。
忙しい最中、粟島が追い討ちをかけるように新しい企画発案。
しかし意外にも新宮横山共々かなりやる気になる。
さらに横山がこの月からあるきっかけがあり、DTPの勉強に勤しむ。
'04. 9
劇団THE9BARAN公演「坂本狼馬 ~月夜のクイーンを救え~」撮影、編集
粟島が非常にタイトなスケジュールで実質活動休止状態。
横山と新宮は10月に行われる某代表の結婚式映像制作に没頭。
'04. 10
某代表の結婚式のオープニング映像とプロフィールビデオ制作、撮影
TAP事務所の設営のため週末はメンバーで買出しをする。
お目当ての商品などが売り切れていたりなかなか部屋作りは進まなかった。
久しぶりに山下が大阪に帰ってきてメンバーでヒトトキを過ごす。
'04. 11
横山が編集にあけくれる 引き続き、TAP事務所の設営で苦労する。
メンバー間でも様々な理想系を持っており、意見が食い違うこともしばしば。
新宮はこの頃から年末にかけて仕事と映画鑑賞に勤しむ。
'04. 12
年末の追い込みをしたいところであったが未来のTAPについての話だけで年末は終わる。
大忘映会も控えめに核となる人間だけで行う。
2005年のテーマは映画製作 この一言がメンバー全員の結論となる。
'05. 1
新規一転、TAPの様々なニュープロジェクトを企画する。
内に篭る癖を改善しようと試みる。
'05. 2
メンバーの意気込みも空しく、日々の忙しさに明け暮れる。
'05. 3
関西の某進学高校、某演劇部の公演 撮影、編集
若いパワーを一身に受け、TAPメンバー感化される。
'05. 4
某国内大手アウトドアメーカーイメージビデオ製作
粟島と横山が撮影のため徳島県と石川県へ。
自然の景観に感動しながら三脚とカメラを担いで走り回る。
'05. 5
TAP事務所リニューアル計画
シンプルでかつ機能的な事務所にするために、
しばらくは、事務所のレイアウトで議論を重ねる。
'05. 6
事務所に害虫が多発。
虫嫌いは騒ぎ、不安に怯える(特に代表)。
'05. 7
文部省認定「漢字検定」イベント撮影、編集
粟島と新宮がこの仕事に取り掛かり、無事搬入。
Sleepin' JohnnyFish Live撮影
'05. 8
Sleepin' JohnnyFish CM制作
新規の素材は無いものの今までに撮り溜めた映像を使用し制作。
好評を得、全国ネット放送が決定。
'05. 9
Sleepin' JohnnyFish 『ka sin fu』 PV制作
ライブハウスでの撮影と木の映像を合わせ制作。
ビジュアルアート的なエッセンスを具体的に構築した秀作。
THE9BARAN「ミチ」撮影、編集
'05. 10
中野、高橋がTAPに加入。
メンバーが6人になり新しい体制を築く。
'05. 11
TAP内に風邪が大流行。
互いに風邪をうつしあいながらも、個々が出来ることを探る。
'05. 12
2006年に制作する短編の打ち合わせを重ねる。
着々とハイビジョン用に機材を揃え、映画製作に向かう。
今年の反省点は多々あるが、自分たちの未来を見つめる誓いをする。
'06. 1
粟島がTry Angle Pictures最新作映画『Light up』の原案を発表する。(7日)
メンバー各自でそれを脚本化し、最も優秀なものを採用する方向で走り始める
(Light up Project始動)
'06. 2
メンバー個々脚本執筆作業の進行。
しかし、メンバー間のスケジュールが破綻し、スレ違いの日々となる。
Sleepin' JohnnyFish のラストワンマンライブの映像製作を依頼される。
'06. 3
中野は仕事が忙しく、脚本の執筆が進まない。
一方、高橋はパソコンを購入し、脚本執筆のスピードがアップする。
'06. 4
Sleepin' JohnnyFish ラストワンマンライブ撮影(中津 VI_CODE)
悲しい事柄ではあったが、ラストに花を添えられるようメンバー執念を燃やす。
また、このライブでは新作イメージ映像をスクリーンに映し出したり、
ステージのパフォーマンスをライブ映像として投影するなど、
久々にTAPらしい実験的な製作を慣行することができた。
粟島、岡村、新宮:カメラ、高橋:映像出し、中野:スイッチャー
『Light up』脚本作業に没頭。(ネット上での意見交換が活発に行われる)
'06. 5
劇場映画用にも耐えうるドイツ製マイクを購入。
TAP BBSに迷惑書き込みが増える。(粟島が制限プログラムにて対応)
WEBページ更新のため、メンバー全員でアプリケーションの勉強を実施。
'06. 6
景気づけにTAP内用イメージムービー「Fly to the TAP」の製作を開始。
粟島が某劇団からCG製作を依頼され実施する。
'06. 7
会議の議事録担当を変更(担当:中野)
「Fly to the TAP」の撮影が難航。
メンバーが風邪でぼろぼろとなり、さらに雨にたたられる。
(服部緑地公園にて撮影したが結局雨のため完了せず)※後にお蔵入り
'06. 8
TAP新メンバーに岡村が決定。
3分のムービー「3MM Project」が始動。
新宮「Light up」の脚本執筆作業が難航。
粟島への旅行計画を立てるが、メンバーのスケジュールが合わず延期となる。
'06. 9
メンバー各自で3MMの脚本を手掛ける。
粟島が映画ワークショップで講師。
29日に高橋が諸事情によりTAP脱退。
'06. 10
3MMの脚本が「カンケリナイト」に決定。
TAP事務所ハイビジョン化計画進む。
事務所周辺大草むしり大会。
カンケリナイト絵コンテ作成。
'06. 11
カンケリナイト撮影(4日:大阪プール周辺、徹夜撮影)
大人の複雑な日常や心情をカンケリをモチーフに描いた快作。
夜の公園で様々な想いが交錯する中、無常な時間を迎えた大人作品。
出演:横山、中野、新宮、岡村、撮影・音楽:岡村
音声:粟島、編集:中野、監督:横山
新宮、「Light up」脚本更新。
カンケリナイト編集完成(未発表)
'06. 12
TAPメンバーの役割を再確認。メンバーが忙しく活動が停滞。
大忘映会(粟島、新宮、岡村、山下、中野)
今年は、団体内のポリシーが強過ぎて、お蔵入り作品が続いたが、
来年は、少し外に向けた活動を行うことを宣言。
もちろん2007年、最大の計画は、新作映画製作。
'07. 1
岡村、富士山を観に行く 素晴らしい光景に人生観が変わる
メンバー全員で初詣 今年の目標は、映画製作準備をすること
Light up Projects「hikari photo」開始
'07. 2
粟島、長女誕生
岡村、この時期から仕事が多忙になり、TAP休止宣言
粟島、仕事の都合で日本各地に出張に出掛ける(1日で北海道→沖縄など)
横山、仕事が多忙で大風邪で寝込など戦線離脱
粟島、かねてから親交が深いイラストレイターの個展を観に行き、激励
'07. 3
粟島、第二回おおさかシネマフェスティバルの授賞式に参加
新宮、TAP blog構築に難航 テストを重ねる
中野、仕事多忙 出張続き
'07. 4
Light up Projects「hikari photo」リニューアル
TAPメンバー多忙のため、TAP会議開催がままならぬ状態になる
映画製作機材購入思案
'07. 5
Light up image movie 構想開始
circle symphony 再編集
中野、仕事オーバーワーク
この頃から現在の自主映画シーンに違和感を覚える
'07. 6
新宮、妹(前衛陶芸作家)の個展手伝いに勤しむ
中野、Mac book購入!
粟島、恒例の高校生映像制作講義、仕事でどえらい要求を提案される
事務所にクーラー設置を構想するが、未遂に終わる(後に無事設置)
'07. 7
新宮、TAP国際展開も含め、英語の勉強を本格的に開始する
TAPメンバー、日々の忙しさはあったが、頑張って会議を重ねる
TAP第一回ボーリング大会開催 優勝は中野
'07. 8
TAPメンバーでダリ展覧会を観に行く(少し白ける)
粟島、新宮でデイビッドリンチ新作を観に行く(粟島トラウマになる)
粟島、富士山登頂、雲の上からご来光を体感(人生観は変わらず)
TAPメンバーで「夕凪の街 桜の国」を観覧(少しだけ面白かった)
'07. 9
中野、新宮からTAP会計引き継ぎ TAP口座開設
粟島、神戸市主催 映画ワークショップに参加
業務用ハイビジョンカメラ XDCAM EX「PMW-EX1」購入を決定
TAPメンバー、毎年恒例の事務所周辺大草むしり大会開催
'07. 10
山下、この頃から年末にかけて怒涛の仕事ラッシュ
中野、Macにて動画編集を体感
TAP、マインドマップ導入
中野、TAP基金の危機を感じる
'07. 11
岡村、仕事に明け暮れる日々
粟島、岡村同様仕事に明け暮れる日々
TAP、この頃は会議開催が危ぶまれる日々が続く
'07. 12
照明、三脚(買い増し)、フィールドレコーダーなどを申し込む
ハイビジョンカメラ XDCAM EX「PMW-EX1」到着!!!
TAP大忘映会開催「準備は終わった あとは前進あるのみ!」
'21. 12
粟島 TEDxKobeSalon vol.17: 汽水域 スピーカーとして登壇(12月5日)
「嫌いが自分を拡張する」  TAPのことを含め独自のアイデアを世界へ共有した
'25. 11
粟島 23年間勤めてきた会社を退職し、転職
'25. 12
粟島 新たな会社でもプロダクトマネージャー職を継続
'26. 1
とてつもなく非常に長い空白期間を経て、ホームページをリニューアル(1月29日)
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